第三章第三章 子供の記憶冬をも感じさせる凍るような寒さ、それでも子供達の間には熱気が溢れていた。間近に大会があるのだ、と言っても規模は小さかったが。 しかし、今は驚きが隠せないようだった。今まで個人プレーと思われていた戦いが、タックプレーだったのだ。今ではペア作りで騒がしい。もちろん、大介は徹と組む。この二人なら負けることは無いだろう。 「大介、昨日の借りは返させてもらうわよ」 深雪が宣戦布告をしてきた。が、大介はと言うと、何も気にしていない。むしろ、聞いてすらいない。 「大介……昨日何かあったの……?」 恐る恐る徹は訊いた。深雪を怒らすと、ろくな事は無い。それどころか何をされるか分からない。現に徹が昔、深雪をからかった時のことだった…… 深雪が『町内子供大食い大会』で優勝したことがあった。男子としてみれば、名誉と感じる人も少なからずはいる。しかし、女子としてみれば、明らかに恥なのだ。それもただの大食いではない、町内という中での優勝なのだ。だが、今の深雪が太っているわけではない。ただ唯一その大会の後に太ってしまっただけだった。しかし、徹からすれば、それは笑い話なのだ。それを言われた時、深雪は我を忘れたらしい。女子とも思えぬ、はしたなさだったらしい。徹は逃げた、力の限り走った。顔を見たとたん、徹は恐怖で凍りついたらしい。つまり、本能に逆らってまで走っていたのだ。 「徹、待ちなさい!待たないと……どうなると思っているの!」 当時の深雪は小学一年生、初々しい小学校低学年、のはずだった。が、この時ばかりは違った。小さい子の可愛いはずの声は低く、周りから見れば・・・徹から見ればなおさら脅迫するだけの力がこもっていた。 「深雪、ごめん。でも、おめでとう♪」 笑っていた。しかし、小学一年生にあれはきつかった。その上、すごい勢いで追いかけて来るのだ。とうとう徹はトイレに篭った。それでも、深雪は追いかけて来た。徹は冷や汗をかいていた。 「徹、出てきなさい!ドア打ち破るわよ」 冗談に聞こえない・・・徹は余計、出れなくなった。 「だから、ごめんって。もういいじゃん」 それで深雪は許してくれるはずも無い。何しろ、徹の声に反省が窺えない、むしろ笑っているように聞こえる。とうとう、深雪は諦めた。そう思った徹はドアの外を見た。深雪はいない、しめた!と思ったのもつかの間、深雪が戻ってきた。 「今なら許すわよ、軽い程度で……早く出てきなさい」 軽い程度……それが余計だった。しかし、深雪はそんなこと気にいていない。 「ごめんって言ってるじゃん。だいたい、優勝したことを褒めてんだからいいじゃん……あ、それとも大介の前で太った所を見られたのが恥ずかしかったの?」 次の瞬間、徹には何が起こったか分からなかった。しかし、すぐに把握した。体中がびしょ濡れなのだ。深雪はトイレの上からバケツ一杯の水を掛けたらしい。……その後、深雪の足音は遠ざかって行った。 次の日、もちろん徹は休みだ。大介はただの風邪だと聞いている。もちろん、この事実は深雪と徹しか知らない。そんな事が以前あったのだ。それ以来、徹は深雪と距離を置いている…… 「まぁ、何かしたなら早いうちに謝った方がいいぜ」 「いや、俺はそんなに悪くないんだけど……」 「でも、なんかすごく根に持ってるみたいだぞ……とにかく、謝った方がいいぞ」 そうアドバイスされたものの、大介は気楽にこう言った。 「まぁ、そんなことよりも、大会頑張るぞ!」 それを合図に二人はお互いに前へと歩き出した…… ジャンル別一覧
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